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zoom RSS 災害復興に思う

<<   作成日時 : 2018/03/08 21:16   >>

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東日本大震災から7年。そろそろ復興の大きな問題点が見えてきている。
これまでも、高い防波堤による景観や交通の便の問題や復興の遅れなどが問題となったが、そもそも「地域が復興しない」問題が顕著になってきた。

災害が起きると、「復興」がテーマとなる。前より安全で安心しできる地域を再構築する試みが進められる。
しかし、住民視点ではないと思う。復興計画における住民の視点ではなく、そもそも「戻るか?」の問題である。
江戸の大火、関東大震災、戦後の焼け跡・・・無秩序ではあるが、直ぐに人々が戻り復興の槌音が響き渡った。
しかし、現在は「より安全に、安心して」が大きな課題となることから、大規模な土木工事や再開発計画が検討され着工・完成まで数年を要してしまう。
子供が小学校6年生で3年経ったら高校受験、7年経ったら大学生であり、親の生活基盤も変わってしまっている。
元々利便性が高くない地域でも、親の代からの「地域社会」があったから生活できたところが、様変わりしてコミュニティを再生できるとは思えない。

神戸市も大震災後の再開発地域で商店街が崩壊しつつある場所がある。
立派な建物を建てて1.2階を商店街にしても、住人が入れ替わり消費行動が変化したことで閉店が相次ぎ無残なシャッター通りになっている。
その場所に住まないデザイナーや建築家が地域の復興を考えてもそのシナリオ通りには進まない。
結局は、災害前より寂れたコンクリート建造物の塊が残ることになりかねない。
しかも、このような復興計画の失敗についてはあまり報道されないし、教訓となっていない。

阪神淡路大震災の都市復興の教訓や、東日本大震災の地方地域復興の教訓をしっかり学ぶ必要があるのではないか。
首都直下地震や南海トラフ地震発生時には巨額の復興予算をつぎ込む余裕は我が国として無いと思われる。
SF作品では巨大災害が襲った都市を放棄して、別の場所に生活・経済基盤を再整備する話が多いが、真面目にそのようなグランドデザインも必要なのでは無いだろうか。
仮に、大災害で東京都のゼロメートル地帯が水没し復旧に数年を要するとしたら「復興」する是非をよく考える必要があると思う。

昔の人は自然に抗うすべが限られていたから災害が少ない場所を選んで居住地としてきた。
やがて商業拠点や門前町、城下町などの必要性から街が作られたが、それほど無理はしていない。
しかし、鉄筋コンクリートを手に入れた我々は山を削り、河川を改修し、護岸を造り、排水し巨大建築物を作ってきたが、それは同時に災害リスクの高い地域に進出したことでもあったと思う。
「復興」は計画時には美しい言葉だが、復興しなかった場合には空虚な響きにしかならない。
人口の減少と高齢化を迎える我が国における「復興」は元の場所を安全安心なところに作り替えることではないと思う。

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